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異分野融合カフェ:第1回訪問インタビュー

アジレントテクノロジー株式会社 ライフサイエンス部門 部門長 岩瀬 壽さんサイエンスの扉を開くバイオツールとビジネス

No1

アジレントテクノロジー株式会社 ライフサイエンス部門 部門長
岩瀬 壽(いわせ ひさし)さん
1951年生まれ

日米の共同開発チームによる質量分析機
No1

1994年、ミリポア社は組織を大きく改編する。傘下にあるウォーターズ事業を売却し、ミリジェン・バイオサーチ部門は米国パーセプティーブバイオシステムズ社に売却されることになる。そこで、岩瀬さんはミリポア社を退社し、20人で米国パーセプティーブバイオシステムズ社の日本法人を立ち上げる。そこでは、蛋白質の新たな解析ツールとして、MALDI-TOFという質量分析法に着目する。

アメリカではハード開発チームが構築され、日本では大阪大学蛋白質研究所の高尾(敏文)教授の協力支援を得て社内にアプリケーション開発チームを作った。アメリカからやってくる新しい装置を使って、日本で蛋白質のデータを次々に出していく。それにより、“使えるツール”ということを実証する仕組みを構築した。さらに、日本のチームにも技術をよく知るエンジニアがいるので、「ここを改良してほしい」と、ヒューストンにある工場と電話でやりとりしながら、フィードバックをする。「アメリカのスタッフにも恵まれていましたし、よくコミュニケーションがとれていました」ということもあり、装置の改良を急ピッチで繰り返しながら、蛋白質のデータを蓄積していった。

1996年初めごろに最初のモデルが発売となり、その後、さまざまなタイプのMALDIが続き、最終的にESI-TOFが登場する。1996年の発売開始から3年間で、国内外で約100億円を売り上げ、会社として大きく成長を遂げた。しかし、その後すぐにABI社(当時はパーキンエルマー社の傘下)に買収される。さらに、パーキンエルマー社はそのブランドごと、分析部門をEG&G社に売却し、分離されたバイオ事業はパーセプティブ社と統合されて、新しいABI社が誕生する。遺伝子解析ツールに加えて、質量分析を中心とする蛋白質解析ツールを手に入れたABI社が、最盛期となる時代だ。

「日本の産業、若手研究者のために経験を生かしたい」と起業

ABI社で3年ぐらい働いた岩瀬さんは、退職することを決意する。「トップを走っていて、これ以上、頂上はないかな、と感じるようになってきました。その間にも会社がどんどん再編されていくのが見えてきました。アメリカの会社に振り回されてきた面もありますし、一方で、バイオテクノロジーに関して、アメリカに次々と特許を押さえられていくのを目の当たりにしてきました。それで、これまで見てきたことや経験してきたことを生かし、日本の産業や大学発ベンチャーに協力できたら」という思いで、2001年にコンサルティング会社「バイオディスカバリー社」を設立する。大手企業のR&Dマーケティングサポートをする一方で、産学連携のプログラムや、若手研究者向けのセミナー、国際交流プログラムのサポートなどに積極的に取り組んできた。「いま、若いひとたちが、どうしたらいいのかって迷っているように感じます。若いひとたちに新しいものを作っていってほしい。そのヒントを与えるような取り組みができれば、と活動を続けてきました。今でもそれは、私のライフワークのひとつです」。

技術、マーケティング、そしてビジネスとしての感性

8年間の活動後、理化学分析機器を扱う米国バリアン・テクノロジーズ社から声がかかり、日本支社長に就任する(2009年)。その後、わずか4か月目に、アジレント・テクノロジー社に買収され、ライフサイエンス部門の部門長として新たなスタートをきる。「これまでの経験を生かして、新しい展開をアジレントの傘下のもと、やっていきたい」と、岩瀬さん。 「アメリカのベンチャーを見ていると、みんな自分で装置や道具を工夫しながら作るんですよ。他人に絶対負けない、自分だけのものを、必死になって作る。それは、モノや商品であったり、あるいは仕組みであったり。特許はあるにしても、かなりオープンにやっています。そのような思い入れ、熱さ、寝ないで作ってしまう精神。そして企画と演出のうまさ。それらが融合して今の革命を起こしている。技術だけではないのです。こっちから見ると技術、別の角度から見るとマーケティング、向こう側から見るとビジネスとしての感性。このトライアングルのひとつが崩れてもうまくいかない。若いひとたちが、自分の生きる道の中で、うまくバランスを保ちながら、ビジョンを描き、それを実現するためのよりよい環境を作っていける、そのための活動を、今後も続けていきたいです」。

10年後の日本

バイオサイエンス分野の理化学研究ツールに長年携わってきた立場から、岩瀬さんは「10年後に各学会、たとえば、アメリカやドイツで開催された国際会議に参加したとき、みんな機器展示ブースでもらった袋を持っていて、よく見ると、全部メードインジャパンの袋を持っている。いつの間にか、新しい研究用の理化学機器はみんな日本製になっていたね―そういう会話ができる10年後を夢みたいです」と話してくれた。

(取材日2011/11/9  聞き手/濱田・中村 文/中村)

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