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異分野融合カフェ:第1回訪問インタビュー

アジレントテクノロジー株式会社 ライフサイエンス部門 部門長 岩瀬 壽さんサイエンスの扉を開くバイオツールとビジネス

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アジレントテクノロジー株式会社 ライフサイエンス部門 部門長
岩瀬 壽(いわせ ひさし)さん
1951年生まれ

豊富なキャリアはエー・メルク・ジャパン入社から始まる
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1975年日本大学卒業後、ドイツに本社を置くエー・メルク社の日本支社「エー・メルク・ジャパン(株)」に入社する。核磁気共鳴(NMR)・液体クロマトグラフィ・分光計測などの幅広い分析機器、および関連する試薬など、理化学機器ビジネスに関わるようになる。これが、岩瀬さんの豊富なキャリアの原点といえる。

1975年ごろの分析機器分野では、液体クロマトグラフィの技術進展が目覚ましかった。当時、高速液体クロマトグラフィ(HPLC:High Performance Liquid Chromatography)が市場に本格的に導入されはじめて5、6年経ち、逆相カラムが現れ、親水性化合物の高精度分離分析という分野で、HPLCの周辺技術が急速に進展している時代だった。

ウォーターズ社への転職

1980年、HPLCで世界をリードしていた米国ウォーターズ・アソシエイツ社の日本支社「日本ウォーターズリミテッド」に誘われて転職し、製薬会社や大学を中心に営業・マーケッティングを行うことになる。当時、HPLCを扱う企業はウォーターズ社と島津製作所が主流であったが、次第に日本分光や日立製作所などが参入し、競合企業が15社以上にまで膨れ上がる。「液体クロマトグラフィの原理に立ち返り、応用分野でどんな使い方が可能なのか、ということを常に探っていました」と岩瀬さん。担当が大学のバイオ関係だったこともあり、ペプチドや蛋白質の分離に使えないか、という点に興味を持つ。「デモ機を持って大学に行っては、医学部の先生たちと泊まり込みで実験をして、何に使えるのか、と模索していた時代でした」と、当時を振り返る。

感度が500倍。新技術によるABI社のすさまじい躍進
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岩瀬さんがウォーターズ社に移った2年目、米国ウォーターズ社は米国ミリポア社に買収されることになる。その1年後、バイオ機器分野で大きな変化が起きる。「今でも覚えていますが、その年の日本生化学会で、アプライドバイオシステムズ社(ABI:Applied Biosystems)が、蛋白質の気相シーケンサーを発表しました。従来の液相法に比べて、感度が100~500倍。デュポン社や日本電子の既存機器が、次々とABI社の新機器に入れ替わり、研究助成で申請していた購入予定機器も、ほとんどがABI社にひっくり返っていきました。1年でみんな撤退ですよ。そのすさまじい勢いは迫力に満ちていましたね」。

それをきっかけとしてABI社が急成長を遂げる。当時、1台5千万円以上の蛋白質気相シーケンサーが飛ぶように売れたそうだ。その様子を目の当たりにして、技術の進展の速さと市場の激変を実感する。

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